2000年にノーベル経済学賞を受賞したジェームズ・ヘックマン氏。「アメリカの社会格差の解決には、幼児教育における非認知能力がカギになる」と言及して以来、日本においても、社会問題を解決する糸口や将来を決定する要因の一つとして、非認知能力は注目を集めています。
しかし、非認知能力とはそもそもどのような概念で、どう実生活で活用できるのかは難解です。そこで今回は、非認知能力とは何で、大人になってからでも後天的に高められる能力かについて、EQと関連づけながら解説します。非認知能力とは何なのか具体的に知りたい人や、能力の伸ばし方を知りたい方は、ぜひ読んでみてください。
目次
非認知能力とは
国立教育制作研究所が2017年に発表した、『非認知的(社会情緒的)能力の発達と科学的検討手法についての研究報告書』によると、非認知能力は「自分と他者・集団との関係に関する社会的適応及び心身の健康・成長につながる行動や態度、そしてまた、それらを可能ならしめる心理的性質」と定義されています。
非認知能力(non-cognitive skills)とは、一般的にIQや学力テスト、偏差値のように明確な点数や指標などで認知できない能力のことです。しかし、非認知能力は研究段階の概念であるため、明確な定義はまだ明らかにされていないという考え方もあります。
非認知能力とは、「認知できない能力; 非”認知”能力」としてだけ存在するわけではありません。「認知能力ではないもの; 非”認知能力”」としての幅広い概念もあるため、一般的には「認知能力ではないもの(非”認知能力”)」として、個人特性のような能力以外の資質の意味でも呼ばれます。
一方で、非認知能力は認知できない能力(非”認知”能力)としての測定も可能です。例えば、社会的にポジティブな結果に寄与する期待を、具体的な行動や手順に反映させる能力化があげられます。
EQと非認知能力の関係性
日本のEQ研究の第一人者である高山直氏によれば、「非認知能力はEQと類似の概念」だと言います。
EQ(Emotional Intelligence Quotient)は、「自分や相手の感情をどの程度正確に把握し、うまく管理・コントロールできているかを示す能力」です。日本語では、「感情知能」とも呼ばれています。
EQは非認知能力と同じく、学力やIQとは相反する能力です。EQと非認知能力には相乗効果があり、EQを伸ばすことで非認知能力への好影響が期待できます。
日本における取り組み
日本でも非認知能力への注目が集まっています。例えば、2018年4月に施行された「学習指導要領」。学びの3本柱の一つ「学びに向かう力・人間性等」において非認知能力が位置付けられました。
従来、学習においては「文字が読める」「ブロックを上手に積み上げられる」など、目に見える知的能力を重視する傾向にありました。しかし、幼児期に認知的な能力を高めることが将来の成功や安定に寄与しないと明らかになりました。
「うまく読める」「すぐに解ける」といった「結果」が大事なのではなく、「どうしてできないのか」「こうやったらできるかも」と、うまくいかない事象に対してなんとか対処しようとする「諦めない力」や「感情のコントロール力」が重要だったからです。
目標達成まで試行錯誤しながら頑張る姿勢を身につけられると、大人になっても社会で評価される力として役立てられます。従来とは異なる新しい価値観の提示が、日本の教育分野にも方向転換を促したのです。
非認知能力の8つの構成要素
非認知能力は一言で定義づけられる概念ではありません。ガットマン氏とショーン氏らは、「The impact of non-cognitive skills on outcomes for young people」という学術論文で非認知能力を8つの構成要素に分類しています。
自己認識
自己認識(Self-Perceptions)とは、タスクを達成できるか否かについての個人の信念です。また、自己認識には2つの意味が内包されます。
- 能力に対する自己概念(Self-Concept of Ability):自分の過去のパフォーマンスに関する認識。
- 自己効力感(Self-Efficacy):自分の将来のパフォーマンスに関する予測測定。
能力に対する自己概念は、達成と相関関係はあっても因果関係はありません。一方、自己効力感に関わる自己認識は将来的な努力や達成に影響を与えます。
よって、自己効力感は他の非認知能力の構成要素を高めるための、重要な基礎と言えます。
動機づけ・意欲
動機づけ・意欲(Motivation)とは、個人の考えや行動の理由に関わる原動力です。努力や達成などの結果に影響します。動機づけ・意欲の種類は次の3つです。
- 達成目標理論(Achievement Goal Theory):「自分の能力の向上が可能」という「学習指向性」と、「自分の能力は固定されている」という「固定されたマインドセット」の2タイプ。
- 内発的/外発的動機づけ(Intrinsic/Extrinsic Motivation):内発的動機づけは、活動そのものが楽しく興味があるから行うこと。外発的動機づけは、外的な報酬や評価を目的とした行い。
- 期待-価値理論(Expectancy-Value Theory):成功への期待と総合的な活動に対する価値の認識に関する理論。学問を実生活の具体的な事例に当てはめると、期待や価値を高めることに寄与。
魅力的で実践的な学習ほど、内発的動機の刺激により成立するとされています。
持続力・忍耐力
持久力・忍耐力(Perseverance)とは、スキルの習得やタスクの完了に着実に取り組む行動を含んでいます。持続力・忍耐力の事例は次の2つです。
- エンゲージメント(Engagement):エンゲージメントとは、行動・感情・認知要素を含むメタ構成要素。
- 度胸(Grit):度胸は長期的な目標に対する個人の情熱と忍耐力に基づくとみなされる非認知的な特性。
持続力・忍耐力は達成と相関関係はあるものの、利用可能な実験的エビデンスはまだありません。よって、大人や教師など外部からの介入によって持続力・忍耐力を強化できるとはまだ言えません。
自制心
自制心(Self-Control)とは、長期目標の達成を優先させるために短期的な欲求や衝動を抑えられる能力です。
実験的な研究で10歳を過ぎると、固定される能力と言われています。しかし、訓練によって自分の感情や欲望をコントロールする能力は、後天的に強化が可能です。
メタ認知戦略
メタ認知戦略(Metacognitive Strategies)とは、学習に最も役立つ戦略の思考と選択・監視・計画に意識を集中させ、自分自身の学習行動とプロセスに影響を与える目標指向の取り組みです。学習することの学習を通して、自分自身の思考を理解してコントロールが可能になります。
社会的能力
社会的能力(Social Competencies)とは、人が他者と交流したり関係を構築したりするためのスキルです。主に次の2つの力を指します。
- リーダーシップ(Leadership Skills):他人の思考・行動・感情に影響を与える能力。
- 社会的スキル(Social Skills):人が効果的に他者と交流できるようにする力。態度・積極的な社会的行動・精神的な満足・学業成績などの一連の肯定的な評価に効果的。
社会的スキルについては、多くのエビデンスが示されています。しかし、リーダーシップについての実験的エビデンスはほとんどありません。
回復力・対応力
回復力(Resilience)とは、困難に直面しても成功させる力です。危険因子を減らし、危険を緩和させる保護因子を増やす介入を通して促進されます。
対応力(Coping)とは、ストレスのかかる状況での問題解決や楽観的思考の方略です。対応力はアプローチにより指導が可能であり、若年層がストレスレジリエンスを身につけ、日常生活で活かす有効な手段とされています。
創造性
創造性(Creativity)とは、創造的で斬新なアイディアを生み出すことです。創造性は特定の状況で強化される傾向にありますが、介入による効果の持続性や他の要素への影響など、科学的な証拠はまだありません。
非認知能力が人生の成功や豊かさに影響する
非認知能力を子どもに早期の段階で身につけさせると、人生の成功や豊かさに影響を与えるとされています。実際の実験調査の内容や結果について紹介しましょう。
ヘックマン博士の非認知能力に関する調査
ヘックマン氏の代表的な研究「ペリー就学前プロジェクト」について解説します。この研究は1960年から始まり、現在まで続く調査です。
【調査対象】
経済的に余裕がなく幼児教育を受けられない、貧困世帯の3歳~4歳の子どもたち123人。
【調査内容】
調査対象の約半数の子どもに週3回、1日3時間プリスクール(保育施設)に2年間通ってもらい、さらに週に一度、教師による家庭訪問も行いました。プリスクールに通ったグループと通わなかったグループで、その後の人生にどのような変化があったのかを追跡調査しました。
【結論】
- 国が公共政策として子どもの教育にお金を使うなら、就学前の乳幼児期に使うと効果がある。
- 幼少期に非認知的な能力を身につけさせると、成人後の幸せや経済的な安定に影響する。
IQは年収や豊さに差を与えない
調査の結果、40歳の時点で明らかな違いが出ると明らかになりました。プリスクールに通ったグループは、通わなかったグループと比較すると、収入が高い・持ち家率が高い・学歴が高いなどの差異が見られたのです。
差異が生じた理由は「プレスクールで教育を受け、IQが高くなったから」ではありません。実際、子どもたちのIQはプレスクルーに通う間は急激な増加が見られましたが、9歳ごろになるとほぼ差がなくなかったからです。
ヘックマン氏は、一時的にプリスクールに通っていた子どもたちが大人になってもより幸せでいられるのは、プリスクールに通って認知的な能力を伸ばしたからではなく、非認知能力を身につけたことが大きな要因だと結論づけました。
子どもの非認知能力を高める方法・育て方
非認知能力は幼児期のような早期の段階から意識して働きかけると効果的です。子どもの非認知能力を高める方法について、3つ紹介します。
方法①:子どもが安心できる環境を作る
1つ目の方法は「子どもが安心できる環境を作る」です。
子どもが困っているときやいじめられているとき、大人の存在は子どもにとって非常に重要です。大人がいつ何時でも守ってくれる存在でいると、子どもは安心感を得られます。
また、集団のなかで勇気をもって行動したり、自信を持って新しい物事に取り組んだりする姿勢にもつながります。
方法②:子どもの主体性をサポートする
2つ目の方法は「子どもの主体性をサポートする」です。
「子どもの主体性」とは、「子ども自身のやる気」や「目的達成のために何をすべきかを自分で決定できる性質」を指します。子どもの自律を支えるためには、子どもに自由・選択肢を与え、自己決定させることがポイントです。
大人は子どもの努力が報われるような環境を整備し、さまざまな体験を通して「自分は頑張ればできる」と感じられる力を育ませます。子どものありのままの存在を受け入れ、大人とのリラックスした関係の中で豊かな交流を持つことで、主体性の醸成が可能です。
方法③:子どもに共感する
3つ目の方法は「子どもに共感する」です。
「子どもへの共感」は、1つ目の方法における「子どもが安心できる環境づくり」にも寄与します。なぜなら、子どもが安心できる環境を作るには、第一に子どもへの共感が必要だからです。
共感には、「大人の価値観を押しつけず子どもの考えややり方を尊重する」「子どもの話に耳を傾ける」などの方法があります。
大人になってからでも非認知能力は伸ばせる
「何をするか」ではなく「どのようにするか」を大切な点は、大人も子ども共通なため、大人になってからも非認知能力は伸ばせます。
例えば、「大学生アスリートの競技レベルと非認知能力」という学術研究によると、レベルの高いアスリートほど非認知能力の構成要素、「持続力・忍耐力」の「Grit」の要素の得点が高いと報告されています。つまり、競技レベルを向上させる過程で困難やストレスを乗りえながらやり抜く力を高め、活動そのものを思いっきり楽しめれば、その経験は年齢にかかわらず豊かな人生の一部になりえると示唆されたのです。
まとめ
今回は、非認知能力の意味や構成要素、大人になってからの能力の高め方について、EQと関連づけながら解説しました。要点は次の通りです。
- 非認知能力は研究段階の概念であり、「認知できない能力」や「認知能力ではない能力」などの意味がある。
- 非認知能力の構成要素は、「自己認識」「動機づけ・意欲」「持続力・忍耐力」「自制心」「メタ認知戦略」「社会的能力」「回復力・対応力」「創造性」の8つ。
- 非認知能力は、幼児期のような早期の段階からトレーニングすると効果的である。
非認知能力は早期の段階での訓練が有効とされています。しかし、大人になってからの方が実際に非認知能力の必要性を感じる場面は多いものです。
非認知能力はある程度までは成人後でも高めることが可能です。結果より過程を重視する経験を重ね、後天的に非認知能力を高めていきましょう。今回紹介した内容を、日常生活やビジネス場面でぜひお役立てください。