楽観性(Optimism)とは「ポジティブな結果を期待する傾向」のことです。精神的な健康だけでなく、身体的な健康にも寄与する心理です。しかし、一方で楽観性への過信は学術的な観点からマイナス面も指摘されています。
では、EQ測定における尺度要因の一つでもある楽観性には、どのような意味があるのでしょうか?本記事では、楽観性とは何なのかEQにおける意味を分析し、メリットや高め方などを解説します。
目次
楽観主義バイアスとは
楽観主義バイアスとは、「何か異常な事態が起こるかも知れないと判断するより、日常的な事態と変わらないだろうと、 楽観的に明るい側面から見ようとする心理的な傾向」です。
楽観主義バイアスは危険性による心理的ストレスを回避するために作用する偏向性と言われています。つまり、困難な事象を楽観的に見立てて、ストレスを軽減しようとする無意識的な心の作用です。
「ポジティブ姿勢」は一般的に、「困難を打破する起爆剤となる好ましい態度」とみなされるケースが多くあります。しかし、過度な楽観主義にはリスクもあると、近年の心理学的研究で明らかになりました。
楽観性バイアスにおける「計画錯誤」とは
ノーベル経済学賞を受賞した認知心理学者ダニエル・カーネマンの見解によると、楽観性バイアスとは「計画錯誤」にもとづく概念です。計画錯誤とは、「時間や予算など計画をやり遂げる際に必要となる資源を常に少なく評価し、やり遂げる容易さを過大に評価する傾向」。つまり、人間の思考における非合理性が原因で生じる予測エラーを指します。
計画錯誤の事例
計画錯誤の事例としては、次のようなケースがあげられます。
- 書籍の執筆が完了する時期を1年半〜2年半と予想していたが、実際に完成したのは8年後だった
- 学位論文の完了時期について最短のケースと最長のケースを予測した場合、最長のケースで執筆できた人は半分もいなかった
つまり、人の認識はそもそも非合理であり、楽勝だと感じる物事は実際には難しい可能性が高いのだとも言えるでしょう。
楽観性を身につけるメリット
一般的に楽観性には多くのポジティブな効果があります。ここでは、楽観性を身につけると得られる代表的なメリットについて3つ解説しましょう。
心身の健康状態をより良く保てる
楽観性を身につけると、心身の健康状態をより良く保てます。なぜなら、ストレスフルな事態に陥った際に、楽観性の高い人が選択する対処方策はいたってポジティブだからです。
加えて、楽観性にはストレスフルな出来事を経験した後の抑うつを低減させる作用があり、楽観性が低い人に比べて身体の回復や退院後に通常の生活に戻るのが早い事実が報告されています。つまり、楽観性を持つと困難な状況をポジティブに解釈できるため、精神的・身体的な健康にも好影響を与えるのです。
モチベーションを保てる
EQが優れているリーダーは楽観性を身につけている場合が多いため、組織のモチベーションの維持にも寄与します。
たとえば、組織が逆境にある場合、楽観的なリーダーはメンバーのネガテイブな感情を柔軟に避け、困難の中にチャンスを見出すのが得意です。自分以外の存在を肯定的に捉えられるため、最善の結果が生まれる将来を期待する姿勢もあります。
リーダーが「なんとかなる」と前向きに物事を把握すると、チームメンバーにもポジティブな雰囲気を伝染させられるのです。
経済的な豊さを手に入れる可能性が高まる
ポジティブ心理学に見識の深いミシェル・ギラン氏とフロスト銀行とが共同でおこなった調査研究によると、金銭に関しては楽観主義者の方が悲観主義者よりも賢明な行動を取り、利益を得る傾向が高いと明らかになりました。
たとえば、楽観主義者は悲観主義者と比べると、経済状態に関するストレスを感じる日数が145日少ない傾向にあることが判明。つまり、楽観主義者は悲観主義者よりも経済的な健全性が有意に高いとわかったのです。
EQにおける楽観性とは
楽観性は、EQを測定の尺度要因に含まれる因子の一つです。ここでは、EQにおける楽観性の基本的な位置付けや悲観性との関係について解説しましょう。
EQにおける楽観性の基本的な位置付け
「楽観性」と似た言葉に「楽天的」がありますが、両者の捉え方は同じではありません。なぜなら、楽観性は「後天的に開発できる能力」であるのに対し、楽天的とは「その人自身の特性を示す先天的なもの」だからです。
たとえば、楽観性は「物事の見通しを前向きに捉える傾向」です。したがって、EQとしての楽観的な視点や思考は、行動訓練により大人になってからでも伸ばせるスキルと言えます。
一方、楽天的は資質や性格にもとづくもの。ゆえに、ネガティブな出来事が生じても、クヨクヨしないという意味となります。つまり、楽天的とは楽観性と異なり、生まれながらの強みであり先天的な特質という位置付けなのです。
EQにおける楽観性
EQの知性には「心内知性」「対人関係知性」「状況判断知性」の3つがありますが、楽観性はその中でも「心内知性」に区分されます。楽観性とはポジティブシンキングや割り切る力など、気力を創出するうえで有用な能力としてみなされ、EQの3つの知性をどの程度備えているのかのバランスや素養の高さからも測定可能です。
悲観性がEQを阻害するとされる理由
アメリカの心理学会会長を務めたセリグマン氏は、悲観的になる理由に次の4つ挙げています。これらの4つは、EQを疎外する可能性のある要因です。
理由①:遺伝
セリグマン氏の研究よると、悲観的な特性を持つ人の25%が遺伝による影響を受けていると明らかになりました。
理由②:親の悲観的な傾向
親による悲観的なものの見方や考え方は、知らないうちに子どもにも影響を与えます。この事実は、脳内のミラー細胞や潜在意識へのマイナス情報の蓄積として科学的に立証されています。
理由③:指導者の影響
子どもは自分の失敗に対する指導者(主に教師)の叱り方を、そのまま受け入れて自分を批判する傾向にあります。したがって、幼少期に指導者から全面的な批判を受けると、自分自身に対しても逃げ場のない批判を始めてしまう傾向にあるのです。
理由④:重大な体験
重大な体験とは、つまり「悲観性や楽観性に大きく左右するような出来事の経験」です。大きな困難を解決に導いた際には楽観性を醸成する機会になり得ますが、親からの虐待やネグレクトなど深刻な環境に晒され続けた場合、悲観的な方向に進む原因になります。
楽観性を高める方法
ここまで、楽観性について心理学的な見地から解説してきました。ここでは、楽観性が高められる代表的な方法を3つ紹介します。
感謝する練習をする
ハーベイ・B・サイモン教授がHarvard Health Publishingに寄稿した「Giving Thanks Can Make You Happier」という記事によると、感謝は自分のためにもポジティブな効果があり、楽観的な思考にも役立つと言われています。次のような方法にもとづいて、感謝する練習は可能です。
- 周囲の人や自分自身に感謝の気持ちを手紙に書いて送る
- 手紙を書く時間がない人は、周囲や自分への感謝の気持ちを心の中で思う
- 毎日の感謝を書き留める、もしくは愛する人と共有する
- 毎晩寝る前に感謝していることを5個〜10個、日記に書き留める
- マインドフルネス(瞑想)をしてあるがままの状態に集中し、夕日や心地よい音など日常のささいな平和を感じる
サイモン教授は「他者への感謝は人々を楽観的な思考へと導き、経験を楽しんだり逆境に耐えられるようにしたり、さまざまな良い側面をもたらす」と語っています。
楽観性の持つメリットを理解する
楽観性のメリットを理解することは心身の健康状態をより良く導く第一歩です。マーケティングに見識の深いライス大学のウタパル・ドラキア教授は、心理学のニュースを報じるPsychology Todayの「4 Reasons Why an Optimistic Outlook Is Good for Your Health」という記事において、楽観的な考え方が健康に良い理由について、次の4つを挙げています。
- 楽観主義者は自分の健康についてや、健康になるための方法をより理解しているから
- 楽観主義者はより健康的な行動をとるから
- 楽観主義者は挫折を対処するために、より効果的な方法を用いるから
- 楽観主義者はより良い社会的交流を持っているため、健康に悪い出来事があっても、優れたサポートが受けられるから
楽観的な人々は健康的で長生きし、循環器系の健康状態と楽観主義の間には関係があるという事実は、50年以上にもおよぶ研究結果によって立証されています。
完璧主義を手放す
心理学者のメラニー・グリーンバーグ博士はPsychology Todayに寄稿した「6 Mental Habits That Will Wear You Down」という記事で、「悲観的な考え方をする傾向にある人は、完璧主義をやめて他人よりも自分を優先し、自分を肯定する考え方を持つべきだ」と説いています。そして、完璧主義に打ち勝つ方法として次の項目を挙げています。
- 「すべきこと」や「白黒」で物事を判断するのをやめる
- 挑戦したという事実そのものを認める
- 致し方なく生じた失敗をいつまでもとらわれない
- 仕事を終わらせるために時間制限を設ける
- 自分の作業を確認したり再確認したりしない
- 物事を俯瞰的にみることに集中し、より思いやりのある方法を見つける
このような方法で完璧主義を手放せると、自分の人生を肯定し、より楽観的に生きられるようになります。
まとめ
楽観性とは何なのかについて、EQにおける意味やメリット、高め方などについて解説しました。要点は次のとおりです。
- EQの楽観性は、内的知性における気力創出力に分類される
- 過度な楽観性には組織を間違った方向に導くマイナス面もあるが、メリットをうまく生かせると個人の心身や組織の生産性に良い影響を与える
- 楽観性は楽天的とは異なり、大人になってからも伸ばせる後天的な能力である
バランスの取れた楽観性を持てると、心身に良い影響を与え、組織にもポジティブな効果をもたらすことが立証されています。本記事の内容を、日常生活やビジネスにぜひお役立てください。