他者への「情」を重視する文化が根強い日本。人の気持ちに寄り添える「共感力」は日常生活のみならず、ビジネス場面でも求められることが多いものです。
しかし、「共感力がない」と自覚していている場合、周囲の共感力が高まるように働きかけるには、どうすれば良いのでしょうか?
今回は「共感力がない」と悩んでいる方に、共感力を高めるためのトレーニング方法やおすすめの本などを紹介します。共感力や人間の感情のメカニズムに興味にある方は、ぜひ読んでみてください。
共感力とは
「共感」は多義的な言葉であるため、分野によって概念の分類は異なります。そこで、ここではまず共感力の基本的な意味に立ち返りながら、EQとの関係性などについてお伝えしていきましょう。
そもそも共感力とは?どんな意味?
共感力は応用分野が広く、多くの定義が存在するため、統一的に確立された定義はありません。よって、研究者は分析の目的に応じて「共感力とは何か」を定義づけているのが現状です。
ちなみに、従来の「共感力」は、大きく分けて2種類あります。
- 認知的共感力:相手の立場に立って物事を見つめ、相手の気持ちがわかる力。
- 情動的共感力:相手の感情と同じものを、自分のなかで経験しようとする力。
近年では、共感力の認知的・情動的側面の両方を掛け合わせる学術的研究も多くみられます。他者の心理状態に意識を向けることに始まり、推測・判断の結果から感情的経験へ至るまで、一連の過程を「共感」と捉える傾向があるからです。
つまり、現在の共感力とは「相手の心理状態に意識を向け、その情動を理解しようとしたり共有したりする能力」とも言えるでしょう。
EQと共感力の関係性
EQ(Emotional Intelligence Quotient; 情動知能)は、心理学者のサロベイ氏とメイヤー氏によって定義づけられた感情に関する概念です。「自分自身や他者の気持ち(feelings)や情動(emotions)を観察し、違いの識別したり、その情報を用いて自分の思考や行為を導いたりできる能力」という当初のEQの定義から、次のような種類に能力を分類しました。
- 情動知能とは、情動を正確に知覚・評価・表現する力
- 思考促進のために気持ちを利用・生成できる力
- 情動を理解し、情動的知能を利用する力
- 情動的・知的成長の促進のために情動を制御する力
共感力は、EQにおける「思考促進のために利用・生成できる力」と「情動の理解や利用する力」に通じる能力です。ただ、そもそも相手の感情を適切に理解して自分ごととして感情移入するには、「情動の正確な知覚・評価・表現」が重要とされています。
「理解はできるが共感できない」とは
「理解」と「共感」は似ているようで、実は異なる意味の言葉です。理解は「他人が体験している気持ちを推察して汲み取ること」を指します。
一方で、共感とは、他人が体験している感情を「その通りだ」と同じ気持ちを持つ状態を指します。
「理解した」とは、必ずしも相手の気持ちに同意または感情移入しているのではありません。「悲しい」「嬉しい」などの相手の感情の認識を自分も把握したという意味に留まるからです。
よって、「理解していても共感できない」とは、「あなたがどういう気持ちは理解できるけど、自分は同じようには感じられない(感じない)」という趣旨とも言えます。
共感力が高い人の特徴
続いては、共感力が高い人の代表的な特徴を3点紹介しましょう。解説する内容は、EQの高い人にも通じる特性です。
人の心を開かせることが上手
共感力の高い人は相手の言葉や所作に全集中を向ける傾向があるため、人の心を開かせるのが上手です。
多くの人は、会話をするとき「自分がどう思われるか」を過度に意識する傾向にあります。自分の言葉や所作などを気にしすぎるため、相手の話に寄り添いにくくなるのです。
相手に心を開いてもらうには、まず相手への全集中が重要です。熱心に話を聞いてくれるあなたを信頼して、相手はどんどん心を開いてくれるようになります。
他者からの信頼が厚い
共感力の高い人は相手の感情に正確に寄り添えるため、相談ごとに対して的確なアドバイスが可能です。他者の悩みや不安を自分ごとのように考えてくれ、仕事をしながら片手間で対処しません。
冷静に客観的な視点で、自分が納得できる形で共感してもらえると、「この人に相談して良かった」という厚い信頼につながります。
直感が鋭い
共感力が高い人は他者の心の機微に敏感です。ちょっとした変化にすぐに気付く直感の鋭い傾向があります。
本人は表情や言葉には出していないつもりの感情も汲み取って、気を配ってくれたり、声がけしてくれたりする人です。
共感力がない人の特徴
反対に、共感力がない人が持つ代表的な特徴を3つ解説します。ここで紹介する内容も、EQに通じる特性です。
自分の優位性をアピールしたがる
共感力がない人は、とにかく「自分」という存在が世界の中心であるため、自分の優位性をアピールする傾向にあります。例えば、部下の成功に対しても素直に喜べなかったり、すぐにマウントを取ったりする人です。
自分が相手よりも上ではなければ気がすまい傾向が強く、他者の失敗や弱音に厳しく当たります。
言動に思いやりがない
共感力がない人は、他者の弱さや不安などのマイナスな感情に寄り添うことが苦手です。他者への配慮に欠けるため、言動に思いやりや優しさが不足しているとみなされる場合があります。
自分と他人を明確に区別し、むやみに立ち入らない点も特徴的です。個人的には仕事で成果を出せても、チーム内での評判が悪く輪を乱す存在とみなされる場合があります。
自分と違う価値観を理解できない
共感力がない人は、自分とは違う価値観を許容できません。自分の価値観が絶対的であるため、従わない人は徹底的に排除する点も特徴的です。
人選が偏ったり、時流に合わないやり方を続けたりして、事業が時流に乗り遅れる原因を作る場合もあります。
共感力を鍛えるトレーニング方法
では、共感力を高めるためのトレーニング方法を3つ紹介しましょう。
皺眉筋(しゅうびきん)の観察
1つ目のトレーニング法は、「皺眉筋(しゅうびきん)の観察」です。皺眉筋とは、眉間にシワを作る際に働く筋肉です。表情の中でも、皺眉筋は特に人間の本音が出やすい部位と言われています。
表情筋の中でも、皺眉筋は感情と直接つながっている筋肉であるため、無意識に表情にでてしまう場合があるのです。よって、この皺眉筋を観察すれば、相手の深い感情に共感できます。
トレーニング方法
- 相手が発した言葉と同時に相手の眉間の動きや状態を見る。
- 皺眉筋が下がっていたらネガティブ、上がっていたらポジティブな感情と推測する。
- 皺眉筋の動きに沿って感情に共感してみる。
例えば、相手が「実は最近、昇進して……」と告白した場合を考えてみましょう。言葉だけ見ると、ポジティブに感じられますが、皺眉筋が下がっておりあまり嬉しそうではないとします。
共感力の高い人は非言語の認知が優れているため、「もしかして、何か不安でもあるのですか?」と、言葉を超えた相手の心情に寄り添った声がけが可能です。また、表情だけでなく、声のトーンや姿勢などの非言語に注視するとより深い部分で相手の感情に共感できます。
感情のオウム返し
2つ目のトレーニング法は「感情のオウム返し」です。
「オウム返し」とは相手が発した言葉をオウムにように繰り返します。会話は大きく分けて「事実」「感情」「言い換え」で成立しますが、「感情のオウム返し」では、特に「感情」に焦点を当てて伝え返すカウンセリング手法です。
トレーニング方法
- 相手の会話を聞く。
- 相手が発した感情の部分だけをそのまま伝え返す。
例えば、「昨日、お世話になった先輩に偶然会えて、すごく嬉しかったんですよ」と同僚が言ったとします。「感情のオウム返し」では、「偶然に会えたんですか!すごく嬉しいですよね」という感じで、事実だけでなく感情も一緒に伝えます。
事実だけを伝え返すよりもより自然な印象になりますし、相手の発言をそのまま使うため、相手の感情とのズレが生じにくくなる点もメリットです。
感情質問
3つ目のトレーニング法は「感情質問」です。相手に質問する行為自体が共感力を鍛えるトレーニングですが、感情をプラスすると相手のポジティブ感情とネガティブ感情への深い理解が可能です。
プラスの感情質問:トレーニング方法
- 相手な前向きな会話をしている(もしくはしたそうな)ときに実践する。
- 相手の会話に対して、ポジティブな感情に関する言葉を使いながら質問する。
プラスの感情質問で使える言葉の例は、「嬉しい・ワクワクする・興味深い・元気が出る・やってみたい・楽しい・ステキ」などです。
「元気が出る」を使いながらプラスの感情質問をする場合、「そう言ってもらえると、なんだか元気がでませんか?」という感じで、ポジティブな感情を盛り込みつつ質問しましょう。
マイナスの感情質問:トレーニング方法
- 相手が悩みを相談している(もしくはしたそうな)ときに実践する。
- 相手の会話に対して、マイナスの感情の関する言葉を使いながら質問する。
マイナス感情質問で使える言葉の例は、「悲しい・イライラ・やる気がでない・めんどう・時間がない・楽しくない・イヤだ」などです。「悲しい」を使いながらマイナスの感情質問をする場合、「いつも悲しくなること言われるの?」という風に、マイナスの感情に寄り添う形で質問しましょう。
共感力を高めたい人のおすすめの本
最後に、共感力を高めたい人におすすめの本を3冊紹介します。種々のトレーニング法やさらに踏み込んだ学術的内容を学びたい人は、ぜひチェックしてみてください。
おすすめ①:会話は共感力が9割 気持ちが楽になるコミュニケーションの教科書
キャスターとして、テレビやラジオなど言葉を扱うプロとして20年以上活躍してきた、唐橋ユミ氏の著書です。
インタビューや取材で培った会話のメソッドや、人間関係がスムーズになる共感の方法を紹介するコミュニケーションの教科書となっています。日常生活から、プラゼンテーションやリモート会議、採用面接などにおけるビジネス場面まで、誰でも実践できる会話のコツが具体的に網羅されています。
失敗例も躊躇なく掲載されており、著者の息遣いまで感じられる文調なため、時間のない人もサクサク読み進めることが可能です。実践できる箇所にはそれぞれラインが引かれており、構成自体にも著者の心配りが感じられる本です。会話に自信をつけたい人や自分に自信を持ちたい人に、新しい気づきを与えてくれるでしょう。
おすすめ②:心をつなげる 相手と本当の関係を築くために大切な「共感コミュニケーション」12の方法
アメリカにおける脳神経学者の権威、アンドリュー・ニューバーグ氏らが最新の学術研究によるエビデンスにもとづいて書いた、コミュニケーションに関する著書です。
「心がつながる仕組み」や「心がつながる仕組みによる技法」を丁寧に紐解く画期的な内容となっています。共感コミュニケーションがなぜ重要なのか、どのように人間の脳に変化が生じているのかを説明しています。
脳機能と思考の関係から各方面の研究結果をベースにして話を展開していくため、看護師やリハビリ職などの医療従事者の方にもおすすめの本です。
おすすめ③:ロジャーズの中核三条件 共感的理解:カウンセリングの本質を考える
アメリカの心理学者でカウンセリングの大家である、カール・ロジャース氏のカウンセリング理論についての本です。
ロジャース流カウンセリングの中核を担う次の3条件のうち、特に「共感的理解」に焦点を当てて解説されています。
- 共感的理解:相手の話を相手の立場に立ち、相手の気持ちに共感しながら理解しようとすること。
- 自己一致:聴き手が相手に対しても自分に対しても真摯な態度。わからないことは「わからない」と素直に伝えること。
- 無条件の肯定的受容:相手の話を個人的な価値観で評価したり、否定したりせず、肯定的な関心を持って聴くこと。
本書は、先述した2冊の本とは違い、非常に学術的な本となっています。ある程度カウンセリングや共感力について知識がある方で、さらに発展的な内容を学びたい方や専門性を高めたい方におすすめの内容です。
まとめ
「共感力がない」と悩んでいる方に、共感力を高めるためのトレーニング方法やおすすめの本などをご紹介しました。要点は次のとおりです。
- 共感力がない人は「皺眉筋の観察」「感情のオウム返し」「感情質問」の3つのトレーニングを実践してみる。
- 共感力はEQに通じる力であり、両者を高められると相乗効果が期待できる。
- 理解と共感は違う。相手の感情を単に把握するのが「理解」で、同意して感情移入するのが「共感」である。
日本は「情」を重んじる文化であるため、共感力がないと人間関係がギクシャクしたり、信頼関係に大きな影響を与えたりする場合が多くあります。しかし、共感力はポイントを押さえれば後天的に高めることが可能です。
今回紹介した内容を、日常生活やビジネス場面における他者との関わりにぜひお役立てください。